茨城県神栖(かみす)市の行政書士 佐藤鉄也です。
本日もご訪問ありがとうございます!
非常に難しい問題ですが…
ちょっと民事を前提に考えることがあって。
法律の条文通りに物事が進まないのは
よくある話ですし、それが当然と考えている方も
多いと思います。
実際その通りで。
すべてが法律の条文通りであれば、
争いは起こりにくいでしょうし、
問題が起きたときの解決のために
話し合いの必要性も低いでしょう。
法に従えばいいのですから。
それはそれで良いことのように思えますが、
それはとても無機質なものですね。
もちろん司法による判断であれば
法に基づく判断でしょうから、
それに従うべきです。
しかし話し合いだとそうもいかないものです。
人には心があります。
感情といってもいいですし、
単に思いとしてもいいです。
そして自分が置かれた社会生活での
立ち位置と関係性があります。
それは法律の条文だけでは
片づけられないものを内包していますよね。
つまり、法に基づいた主張があった場合
主張された側はそれに「納得」できるか。
主張をする側はそれを突き通した場合に
社会生活・人間関係に支障がでないかという
「心配」や「不安」というものがあるでしょう。
あるいは法的に「正当」な主張であっても
それが「妥当」ではないのではないか、
など法的には何の問題もなくても、
多くのことを考えてしまうはずです。
結局のところ、こういった
司法の場ではない話し合いの場合、
法的主張をする側の「覚悟」と「心的負担」が
大きいように思えます。
事案にもよるでしょうけれど。
まあ私は弁護士ではないので、
直接法的な争いには関われないですから
実務家からみると偏った意見かもしれませんが(^^;)
そしてこれらは話し合いによって
解決するしかありません。
相互に理解し合い、
主張を譲る部分も当然必要になります。
ただこれだけは譲れない、という部分が
人によって違うのも事実です。
そこに対する価値観をどう評価するか、
それが解決の糸口だと思います。
まあそれが簡単にいけば、
そもそも問題にならないのですが…
長いですね…
続きますm(_ _)m